こんにちは。
話題の「鎌倉殿の13人」が第1話から始まり今回で3話が放送されましたね。
源頼朝が源氏再興のために挙兵するところまでようやく来ました。
今回の舞台の中心は京都です。
新たな登場人物が京都周辺で出てきましたが、今回の登場人物は戦に敗れ亡くなってしまうのであまり今後の話にからむことは無さそうです。
相関図を使って話を振り返ってみましょう。
というわけで今回は「鎌倉殿の13人」の新たな登場人物の相関図を見ながらおさらいしてみたいと思います。
鎌倉殿の13人の第3話の登場人物の相関図

第3話の登場人物は京都の方からでした。
後白河法皇が平清盛に幽閉されるところから物語ははじまります。
幽閉というのは離れたところに隔離してしまい、政治的な権力を奪いとることを目的としたものです。
強大な軍事力を後ろ盾に権力を握った平清盛にとって、政治的権力を握る後白河法皇は目の上のたんこぶでした。
後白河法皇を幽閉すると、最早、平清盛を止められる者は誰もおらず、とうとう自分の孫でまだ1歳3ヶ月の安徳天皇を即位させ、実権は清盛が握ります。
この安徳天皇は後々まで平家とともに連れまわされ、最期は壇ノ浦で平家とともに7歳で海に入水して亡くなってしまう悲劇の天皇です。


平清盛の暴政に周囲の不満がピークに
やりたい放題の平清盛に対して、周囲の不満は爆発寸前です。
平家に取り入り、そのおかげで出世した武将たちはいばりちらし、平家でなければ人ではないと言わんばかりの態度です。

平家の国衙(こくが)に収穫した野菜を持って時政と義時が親子で挨拶に行きますが、この国衙の役人・堤信遠が、とことん嫌ないばりちらす人物で、義時は前回、この役人に水溜まりに顔をつけられながら足蹴にされています。
今回は父・時政が餌食になってしまい、顔にプレゼントのため持ってきた野菜を蹴り散らされたうえで、その野菜をなじりつけられます。
この時代、ちょうど日照り続きで農作物が貴重な中、北条家からのめいっぱいの捧げ物だったと思うのです。
それをぞんざいに扱う横暴ぶりに平家に関連する人たちの驕りとそれに対する民衆の怒りを表現するワンシーンです。
あくの強い文覚(もんがく)が登場し頼朝に挙兵を迫る

第1話・2話ともに登場せず何者か気になっていた文覚がついに登場しました。
摂津源氏傘下の武士団に仕えていましたが、19歳で出家しました。
後白河天皇に京都高雄山神護寺の再興をしつこく迫り疎まれ、伊豆の国に流されてきたところで、頼朝に会う機会に出くわします。
頼朝と会見する場面は三谷監督らしくコミカルに描かれますが、源氏の再興を説いたことで頼朝の挙兵を後押ししたとも言えます。
今後もちょくちょく登場するのかわかりませんが、あくの強いキャラを面白く思った人も多いと思います。
これからのお笑い担当としての登場に期待です。
以仁王(もちひとおう)の反乱が起こりそこから頼朝が挙兵へ

平家への不満が高まる中、幽閉された後白川法皇の息子、以仁王が源頼政を引き入れてクーデターを起こします。
この2人の登場人物がこうして京都をちょっとした混乱に巻き込みましたが、この2人の人物の系図からそれぞれの立場を見てみましょう。
以仁王のクーデターは皇位継承問題がはじまり

出典:JUNK WORD.COM
系図を見るとわかりますが以仁王は後白河法皇の息子です。
兄の二条天皇(78代天皇)が22歳の若さで病死し、その時に皇位継承の可能性がありました。
ところが後白河法皇の奥さんの平滋子や平家一門の妨害にあい即位できなかったのです。
そして皇位は以仁王の周りをめまぐるしく飛び回り、平家につながりの深い方へ継承されていっているのが、この系図でわかります。
源頼政は歌人の多い家系で貴族寄りの家系だった

出典:家系図作成本舗
家系図を見ると元をたどれば清和源氏という点で源頼朝と姻戚関係とはなりますが、そこから3つに派生して頼政は摂津源氏の子孫です。
この攝津源氏は近畿地方に地盤を持つ士族で、摂津源氏の始祖の頼光は優れた歌人として公家とつながりがありました。
その子孫ということで頼政も青年期は優れた歌人として朝廷内でも重用され、時の権力者の風向きのよい方に乗りながら出世し、平清盛にも重用されていました。
このクーデターは乗る船を誤ってしまった不幸な結果でしたね。
ちなみにこの頼政は最期に宇治平等院で自害して亡くなります。
観光地として有名なところにも多くの血が流れた場所があると思うと複雑な気持ちになります。
そして、今回の以仁王役の木村昴さん、源頼政役の品川徹さん、ともにあまりに登場時間が短すぎて、もったいない、贅沢なキャスティングでしたね。
間違った手紙が歴史を動かした?

以仁王のクーデターは数日で鎮圧され、以仁王、源頼政ともに亡くなるわけですが、このクーデターが各地に混乱を起こすきっかけとなりました。
このクーデターを起こす時に全国の源氏ゆかりの武将に「令旨」という天皇からの命令文書を持った源行家(頼朝の父・義朝の兄弟)が飛び回り、挙兵をうながして歩いたのです。
もちろん頼朝のもとにも来たのですが、頼朝は「挙兵しない」という決断をします。
そのクーデターの前から、逐一、都の様子は三善康信という宮廷官吏から手紙が送られ頼朝に伝わっていました。
令旨を受け取った武将を追討すると告げられる
三善康信はクーデターの後、「平清盛が令旨を受け取った源氏を追討するから危ないよ~。逃げなさい!」
と頼朝に書き送っています。
これを読んだ頼朝は時期を見計らっていた挙兵をいよいよ決断します。
ドラマ中でも言われていますが、これは早とちりだったとのことで本当は源頼政の残党だけを追討するという話だったようです。
でも、これが結果的に歴史を動かすことになりました。
三善康信と源頼朝の意外な関係
三善康信はドラマ中ではドジな宮廷官吏として描かれていますが、相当優秀な書道一家です。
その証拠に、鎌倉幕府を頼朝が作った際に仕官をするようにスカウトしています。
慎重で計算高い頼朝ですからちゃらんぽらんな人材を登用するはずがないですよね。
そして頼朝にこんなに事細かに、頻繁に手紙を書くのは何故かと疑問に思ったのですが、頼朝の乳母・比企尼の妹が康信のお母さんだったのです。
つまり、従兄弟にあたるんですね。
頻繁に手紙を送っていた理由がわかりますね。
北条義時の計算力の才能が光った第3話

第1話では馬に頼朝を乗せて走る馬術を披露した義時でしたが、今回は義時の計算力の才能が光る回となりました。
いよいよ、京都が騒がしくなってきて頼朝が挙兵するかもしれない気配を頼朝自身から告げられる義時。
準備を始めました。
坂東をまとめる国衙にある米の年貢量を書いた木簡から味方になりそうな豪族の人数を割り出して見せたのです。
収める米の量から割り出す人数の例
義時はどうやって人数を割り出したのでしょうか?
実際のドラマの木簡には「二斗六升」と書かれています。
米俵1俵が成人の大人1人が1年で食べる米の量とされていて、1俵=4斗ですから、この例だと「二斗六升」は米俵の半分を収めていることになります。
この当時の米の年貢量は収穫量の11~15%くらいと言われていますので、この木簡の家族は年間約200斗=50俵の収穫高ということになり、大人50人くらいはいる家族ということがわかります。
ドラマ的にはさらっと描いていますが、これだけの木簡を数えるのは相当な時間が必要です。
あのいじわる国衙の役人が、木簡を数える時間を与えてくれるとも思えず現実的ではありませんが、木簡を使って兵力を割り出すところ、どの勢力が味方となるのか、人を見る目が発揮されました。
頼朝の挙兵のきっかけがそろった

三善康信からの手紙、義時の兵力の割り出しからの勝算、文覚を代表とする民衆の声、後白河法皇からの密書、後白河法皇が夢枕に立つ(笑)
様々な要素が重なり、やっと頼朝が挙兵に向けて動き出しました。
シリアスなところにお笑いも混ぜながらいよいよ大きな動きが始まります。
鎌倉殿の13人の第3話の登場人物の相関図:まとめ

今回も新たな登場人物がでてきました。
ドラマで見ているだけだとさらっと見て終わってしまうのですが、登場人物を相関図を見たり1人ずつ調べていくと意外な登場人物どうしの関係がわかり面白みがましてきますね。
第3話はいよいよ頼朝が挙兵をする手前まできました。
ちょっと出るだけのキャラクターまで豪華キャストですから、これからどんな人が登場してくるか楽しみです。
それぞれの人物がそれぞれの立場で懸命に働いて、戦って日本の歴史をつくってきたのですね。
大河ドラマはそんなことを思わせてくれる時間です。
今回は鎌倉殿の13人の第3回の登場人物の相関図についてのお話でした。